芸術文化観光専門職大学

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2023年度 入学式 学長式辞

芸術文化観光専門職大学第三期生の皆さん、ご入学おめでとうございます。教職員、在校生一同、心より皆さんを歓迎いたします。

 四年間、自然豊かなこの但馬の地で、思いっきり学び、遊び、悩み、自分の未来を選び取ってください。

 

 ご家族の皆様におかれましては、まだまだご心配のことも多いかと思います。しかしながら現在、大学入学者は全員が新成人となります。私たち教職員は学生一人ひとりの人格と人権を尊重し、一方で、新しい生活と学びのサポートを全力で行ってまいります。

 また、開学三年目を迎えます本学について、日頃より多大なるご支援、ご協力をいただいております斎藤元彦兵庫県知事、國井総一郎兵庫県公立大学法人理事長、県議会の皆様、兄弟校である兵庫県立大学の皆様、周辺自治体の市長、町長様、そしてなにより但馬の地域のすべての住民の皆様に、あらためて心から感謝申し上げます。ここまでのご支援、ありがとうございました。

  ここでまず一つ、皆様にお詫びを申し上げなくてはなりません。すでに入寮式でも学生の皆さんには申し上げましたが、このめでたき門出の日を前に、新入生やご家族の皆さんに不安を与える出来事があったことを心よりお詫び申し上げます。教職員一同、より一層気を引き締め、皆さんが安心して学べる環境作りを進め、信頼回復に努めて参ります。

 

  さて、今年は全国的にさくらの開花が早く、寮の裏手の山王公園の桜も、皆さんの入寮と同時に満開となりました。

 この桜前線は、沖縄では一月中旬に開化が宣言され、そこから北上を続け、五月中旬に満開を迎える北海道まで、四ヶ月以上にわたり列島に花の便りをもたらします。

 本学の誇りの一つは、全国から学生を集めている点にあります。わずか三年にして、この小さな大学に、北海道から沖縄まで、ほぼすべての都道府県からの入学者がありました。これは公立大学としては、極めて異例のことです。

  寮の窓から桜を眺めて、「いまが満開なのか、寒い地方に来たんだな」と感じた学生もいるでしょう。「え、もう満開なの。やっぱり兵庫県は暖かいな」と感じた人もいるでしょう。一つの現象を見ても、人々が思い描く気持、感想は様々です。これが多様性です。そして皆さんには、この多様性を力として欲しいのです。

「多様性を力に」と言葉で言うのは簡単ですが、一筋縄ではいきません。多様性をそのままにしていては、ただバラバラなままで終わってしまいますね。

 美しい桜を見て、それでも一人ひとりは違う感想を持つでしょう。それを「それはあなたの感想ですね」で済まさないでください。世界は、一人ひとりの感想、直感によってできています。その感想を、その想いをすりあわせることで社会が構成されます。

 また、「多様性を力に」という言葉は、ただの観念や抽象論でもありません。

 なぜ桜前線の北上に四ヶ月もかかるのか。それは日本の国土の特殊性にあります。あまり知られていないことですが、日本は氷の海とサンゴ礁の海を併せ持つ、ただ二つの国の一つと言われています。もう一つの国はアメリカですが、ご承知のようにアメリカと日本では国の成り立ちが違いますから、古い歴史を持っている国では唯一、氷の海とサンゴの海を持った国といってもいいでしょう。

  たしかにこの多様性は、観光業にとっては大きな宝です。しかしこの多様性は、やはりそのままではバラバラで、実際の集客には結びつきません。もちろん原理的には、三月に北海道でスキーを楽しみ、そのまま飛行機で沖縄に飛んで少し寒い海に飛び込むことも可能です。でもそんな観光客は、ほとんどいません。スキー客はスキー場に来るし、海水浴客は海水浴場に来るからです。

 では、どうすれば多様性が力となるのでしょうか? それは、北海道にスキーに来た方たちに、「沖縄にはきれいなサンゴの海があるらしいよ。今度は、夏にはそっちに行ってみようか」と思わせなくてななりません。逆も、またしかりです。国内で観光客を奪い合うのではなく、日本の観光業が一体となって「また来てみたくなる国」を作らなくてはなりません。

  兵庫県もまた多様性の宝庫です。いま、ここには青森県出身の学生もいます。山口県出身の学生もいますね。青森からてくてくと歩いて山口県に向かおうとすると、どこかで必ず兵庫県を通らなければなりません。こういう県は日本で兵庫県だけなのです。我が県は、瀬戸内海と日本海、あるいは太平洋も足すと三つの海を持った県と言われています。まさに日本の縮図です。

  但馬もまた同様です。たとえば、ここ豊岡市は、一つの市の中に関西有数のスキー場と海水浴場をともに有しています。

  整理しましょう。

 豊岡、但馬、そして兵庫県は、日本でもっとも多様性を持った地域です。そこに今日、八十六名の多様性を持った学生が集まりました。

  先に触れたように、日本の観光業界の最大の課題は、日本という国の多様性をどう力にしていくかです。この大学の立地が、いかに、その課題解決に向いているか、いま皆さんにも理解できたかと思います。

  まず、但馬を「また来たくなる地域」にすること。これはすぐに皆さんが授業の課題として取り組みます。次に兵庫県を「また来たくなる県」にすること。そして最後には日本を「また来たくなる国」にすることが皆さんの大きな課題となります。

 二十年後、三十年後、日本が真の観光大国になったとき、本学の卒業生たちは全国、あるいは世界中で、その中枢を担うこととなるでしょう。その歴史と伝統を、皆さんと創っていきたいと思います。

 

  さて、皆さんは今日、こうして喜びと希望の中にいますが、一方、世界は混沌とし、混迷の度合いを増しています。

  ちょうど一年前、昨年の入学式は、ロシアのウクライナ侵攻から一ヶ月という衝撃の中で迎えました。あれから一年が経ちましたが、戦争は終わる気配すらありません。観光とアートを学ぶ大学の学長として、一刻も早い平和の到来を願わずにはいられません。

  これから話す事柄は重要なことなので、昨年の式辞とほぼ同じ内容となりますが、ご容赦ください。

  私が戦争の終結を強く願うのは、それが単に、観光もアートも平和あってこそのものだという点にとどまりません。

 皆さんは、これから観光学の様々な講義や実習の中で、どうすれば多くの観光客を日本に呼び込み、どうやって経済波及効果を生み出すかをを学びます。しかし観光は、ただ経済効果のためだけのものではありません。海外からたくさんの方に日本に来ていただき、日本の多様な文化に触れ、そして「日本というのは素晴らしい国だなあ、こんな国とは戦争をしてはいけないなあ」と世界中の方々に思ってもらわなければなりません。

  芸術も同様です。日本の芸術を海外に紹介するのは、日本人が何に悩み、何に苦しみ、何に喜んできたのかを世界の人々に伝えることに他なりません。

 もちろん逆のことも言えるでしょう。皆さんはこれから留学や海外研修、そして演劇作品の共同制作などを通じて海外に出かけていくことになります。そこでは異なる文化を吸収し、様々な民族の歴史や価値観に触れることになるでしょう。そして世界中に多くの友を持つことになるでしょう。

 軍事力や経済力といった目に見える力以外に、国家が行使し得る外交力のことを「ソフトパワー」と言います。観光と芸術は、日本が有する最大のソフトパワー、安全保障の一環です。

  皆さんのこれからの学びの一つ一つが、皆さんの活動の一歩一歩が、世界平和に貢献するのだということを強く意識し、高い自負を持って勉学に励んでください。

 

  観光や芸術では、残念ながら戦争を止めることは出来ません。しかし芸術には未来を想像する力があります。一年後か三年後か、できるだけ早く、誰にとっても得るところのないこの戦争が終わった時のことを想像してください。

  そして、さらにその数年後、豊岡演劇祭に、ロシアのアーティストとウクライナのアーティストがともに来日し、一緒に温泉につかる風景を思い浮かべてみましょう。そして、皆さんが、彼等を共にもてなすイメージを強く持ってください。

  その日を信じて、その日のために、私たちは芸術と観光を学びます。

 先ほど私は、皆さんの課題は日本を「また来たくなる国」にすることだと言いました。しかし、本当の皆さんの課題はさらにその先にあります。世界中の人々が、いまは戦場にいる人々も、いまは貧しい地域に暮らす人々も、観光や芸術を楽しむ社会を作らなければなりません。すべての人々が、銃を担いで他国を侵略するのではなく、カメラやオペラグラスや、あるいは野球のバットやサッカーボールを持って自由に国境を越えられる世界を作らなければなりません。皆さん一人ひとりに、そのような未来の構築を担って欲しいと願います。

 

 

  あらためて、入学おめでとうございます。

  そして、この新しく小さな大学を勇気を持って選んでくれたことに感謝します。

 ここにいる新しい友と、まだ先輩であることにすら慣れていない一期生、二期生と、すべての教職員と、そしてやがて世界からやってくるまだ見ぬ友人たちと、多様性を力として、この大学の未来と伝統を作っていきましょう。

 皆さんを心から歓迎します。

 

 令和五年四月四日

 

 芸術文化観光専門職大学 学長

 平田オリザ

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