芸術文化観光専門職大学

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2022年度 入学式 学長式辞

芸術文化観光専門職大学二期生の皆さん、ご入学おめでとうございます。

保護者の皆様におかれましては、まだまだご心配のことも多いかと思いますが、今年の入学者は全員が新成人となりますので、私たち教職員は学生一人ひとりの人格を、これまで以上に尊重し、一方で、新しい生活と学びのサポートを全力で行ってまいります。

また、開学二年目を迎えます本学について、日頃より多大なるご支援、ご協力をいただいております斎藤元彦兵庫県知事、五百籏頭(いおきべ)眞兵庫県公立大学法人理事長、県議会の皆様、兄弟校である兵庫県立大学の皆様、周辺自治体の市長、町長様、そしてなにより但馬の地域の皆様に、あらためて心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

新入生の皆さんとご家族は、今日、喜びの日、人生の節目の日を迎えたわけですが、今日のこの日を一番待ち望んでいたのは、もしかすると一期生たちかもしれません。一期生、新二回生は、この一週間を新入生歓迎週間として様々な行事を準備してきました。正門入り口の、少し恥ずかしい私の等身大パネルも学生たちが作りました。新入学生の皆さんは、本学で初めての「後輩」という立場になります。こうして少しずつ、この芸術文化観光専門職大学の気風、大学の文化というものを醸成していっていただければと願います。

今日は、少しまだ風は冷たいですが、温かな入学式日和の天候となりました。

本学の一つの特徴は、東北、北海道からの入学生が多いと言うことです。そういった北国から来た新入生には、「但馬は意外と暖かいな」と思われた方も多いのではないでしょうか。逆に九州や四国から来た新入生の中には、入試の際にうずたかく積もった雪の山を見て驚かれた人もいたことでしょう。

今年、ここ但馬地方は、四十年ぶりと言われる大雪に見舞われました。しかし、但馬は、春の訪れも意外と早いのです。

日本海には対馬海流と呼ばれる暖流が流れています。冬になると、この上空にシベリア寒気団が張り出してきて西高東低の気圧配置となり強い偏西風が吹きます。この風が、暖かい対馬海流の水蒸気を吸い上げて南東に向かい、やがて日本列島の背骨にあたって大雪をもたらします。

しかし、いったんこのシベリア寒気団がなくなると、暖流の影響で温度は意外と高くなるのです。但馬は雨が多いと地元の方は言いますが、それは山が近くて気候が安定せず、にわか雨が多いだけで、冬期以外の日照時間は、これも意外なほどに長いのです。

冬の大雪と、そこから来る多量の雪解け水、そして夏の日照時間の長さ、高温多湿、これらが但馬の地に豊かな自然の実りをもたらします。どうか、大学の四年間、但馬の多様な風土、彩り豊かな暮らしを楽しんでください。

さて、皆さんは今日、こうして喜びと希望の中にいますが、一方、世界は混沌とし、混迷をましています。新型コロナウイルスは、未だ収束の兆しを見せず、その未来を予測することは不可能な状況です。

日本列島においては、地震、天災も続いています。

そして、戦争が起こりました。

去る二月二四日、ロシア軍がウクライナの領土に侵攻を始めました。戦闘は長期化し、いまも続いています。

三月二五日には、マリウポリの劇場も空爆を受けました。多くの観光客を集めてきた黒海沿岸の保養地や、中心市街地が世界遺産にも登録されている西部の都市リヴィウも空爆の危機にさらされています。

観光とアートを学ぶ芸術文化観光専門職大学の学長として、一刻も早い平和の到来を願わずにはいられません。

それは単に、観光もアートも平和あってこそのものだという点にとどまりません。

皆さんは、これから観光学の様々な講義や実習の中で、どうすれば多くの観光客を日本に呼び込み、たくさんのお金を使ってもらい、どうすれば経済活動を盛んにしていけるかを学ぶことになるでしょう。

しかし観光は、ただ経済のためだけのものではありません。海外からたくさんの方々に日本に来ていただき、日本の多様な文化を知っていただき、そして「日本というのは素晴らしい国だなあ、こんな国とは戦争をしてはいけないなあ」と世界中の方々に思ってもらわなければなりません。

芸術文化も同様です。日本の芸術を海外に紹介するのは、日本人が何に悩み、何に苦しみ、何に喜んできたのかを世界の人々に伝えることに他なりません。

もちろん逆のことも言えるでしょう。皆さんはこれから、旅行や実習、そして演劇作品の共同制作などを通じて海外に出かけていくことになります。そこでは多様な文化を吸収し、様々な民族の歴史や価値観に触れることになるでしょう。そして世界中に多くの友を持つことになるでしょう。

軍事力や経済力といった目に見える力以外に、国家が行使し得る外交力のことを「ソフトパワー」と言います。観光と芸術は、日本が有する最大のソフトパワー、安全保障の一環です。

皆さんのこれからの学びの一つ一つが、皆さんの活動の一歩一歩が、世界平和に貢献するのだということを強く意識し、高い自負を持って勉学に励んでください。
私たちは、ロシア軍の蛮行を、いかなる意味でも許容しません。

しかし一方でロシアは、偉大な劇作家アントン・パブロビッチ・チェーホフを生んだ国です。あるいはツルゲーネフやドストエフスキーを生んだ国です。ボリショイバレエを育て、チャイコフスキーを生んだ国です。その偉大な芸術の国と、私たちは和解できないはずがない。対話をあきらめていいはずがない。

どうか世界の芸術家たちと連帯するすべを学んでください。

このウクライナにおける戦闘行為は、皆さんにとって、初めて経験する大規模な戦争ということになるでしょう。私にとってのそれは、一九九一年の湾岸戦争、そしてボスニアヘルツェゴビナの紛争でした。ベトナム戦争の頃はまだ幼かったので、この二つが私にとっての初めて、戦争を意識した体験ということになります。

それはまた、人類がはじめて、テレビで生中継で戦争を観るという体験でもありました。私はその違和感を『東京ノート』という作品にしました。『東京ノート』はいま十四カ国語に翻訳され、世界中での上演が続いています。

芸術家は、どのようなつらい体験も困難な状況も、それを色や形や音や、そして言葉に変えて後世に伝えていきます。

観光も同様です。今回ロシア軍の侵攻を受けたチェルノブイリ原発跡は近年、観光地として人気を博していました。いま難民が押し寄せているポーランドには、アウシュビッツ強制収容所が世界遺産となり多くの観光客を集めてきました。日本においても、広島、長崎はコロナ以前は、世界中から観光客が訪れ、核の悲惨さを学ぶ聖地としての役割を果たしてきました。

エンタテイメントや物見遊山だけではなく、人類の負の遺産と向き合う機会を作ることも観光の役割なのです。

ぜひ、本学で、観光の多様な側面も学んでもらいたいと願います。

 

時節柄、めでたいはずの入学式にしては堅い話になってしまいました。たいへん申し訳なく思います。しかし、戦後、日本の大学教育は、戦前の軍国主義に協力した過去に対する反省から再出発をしました。その反省は大きく二つに分かれます。一つは科学的な知見から離れ、軍部の台頭を止められなかったという反省。もう一つは、学徒動員によって直接的に前途ある若者たちを戦場へと送ってしまったことについての反省です。

少なくとも、私が学長である期間、本学の学生を兵士として戦場に送ることはしたくない。そう心に強く誓います。そして、このようなことを現実感を持って語らなければならない現状を強く憂慮します。

いま、皆さんがいるこの劇場は、戦前、反軍演説、粛軍演説を行った郷土の偉人斎藤隆夫氏の功績をしのび、「静思堂シアター」と名付けられています。今一度、平和への願いを胸に、国際社会への責任を背負った大学生となってください。

シベリア寒気団は去り、但馬に春がやってきます。ウクライナにも同様の、本当の春がやってくることを望みます。

ここ但馬では、やがて高原に花が咲き乱れ、果物のおいしい季節になります。夏になれば海水浴やシーカヤック、九月には豊岡演劇祭が開催されます。そしてまた冬が来て、雪の季節、スキーシーズンになります。忙しい大学生活になるかと思いますが、どうか但馬の四季を満喫してください。この平和な日本を築いてくださった先人たちへの感謝の心を忘れずに、思う存分大学生活を謳歌してください。

あらためて、入学おめでとうございます。

ここにいる新しい友人たちと、できたてほやほやの先輩と、教職員と、そして世界で君たちを待っているまだ見ぬ友と、この大学の未来を作っていきましょう。

皆さんを心から歓迎します。

令和四年四月四日

芸術文化観光専門職大学 学長 平田オリザ

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