学長メッセージ
地域を笑顔に、世界を平和に
兵庫県北、山々に囲まれた但馬という美しい土地に、いま、新しい大学が生まれつつあります。
2021年4月、芸術文化観光専門職大学は開学しました。いよいよ今年(2024年)は四学年が揃う完成年度となります。
但馬にはこれまで四年制の大学はなく、大学誘致は地域の人々の悲願でもありました。急速な少子化、大学の募集停止の発表が相次ぐ中、この過疎の地域に新しい大学を開くことに心配の声も多くいただきましたが、開学以降、全国から優秀な学生を集め順調なスタートを切ることが出来ました。昨年は初めて海外からも留学生を招き、キャンパスもさらに多様性を増してきています。
来年、2025年3月には、初めての卒業生が巣立ち、いよいよこの新しい大学にも伝統が生まれていきます。
しかし、この三年間で、世界の情勢は緊迫の度合いを増し、未来はさらに混沌の中にあります。世界各地で戦闘や紛争が続き、それらは止む気配を見せません。
本学は、観光と芸術の力で地域を笑顔にすることを目的に設立されました。その「地域」とは決して日本国内には限りません。世界のすべての人々を笑顔にすることが本学の願いです。
私たちが戦争や紛争の終結を強く願うのは、それが単に、「観光も芸術文化も平和あってこそのものだ」という点にとどまりません。
本学の学生は観光学の様々な講義や実習を通じて、どうすれば多くの観光客を日本に呼び込み、どうやって経済波及効果を生み出すかをを学びます。しかし観光は、ただ経済効果のためだけのものではありません。海外からたくさんの方に日本に来ていただき、日本の多様な文化に触れ、そして「日本というのは素晴らしい国だなあ、こんな国とは戦争をしてはいけないなあ」と世界中の方々に思ってもらわなければならない。
芸術も同様です。日本の芸術を海外に紹介するのは、日本人が何に悩み、何に苦しみ、何に喜んできたのかを世界の人々に伝えることに他なりません。
もちろん逆のことも言えるでしょう。本学の学生は留学や海外研修、そして演劇作品の共同制作などを通じて、国外の多くの若者たちと交流してきました。今後も、異なる文化を吸収し、様々な民族の歴史や価値観に触れ、世界中に多くの友を持つことになるでしょう。
軍事力や経済力といった目に見える力以外に、国家が行使し得る外交力のことを「ソフトパワー」と言います。観光と芸術は、日本が有する最大のソフトパワー、安全保障の一環です。
本学の学生一人ひとりの学びが、活動の一歩一歩が、世界平和に貢献するのだと私たちは信じています。
地域を笑顔にする大学は、地球を笑顔にする大学であり、世界を平和へと導く大学でもあります。
世界中の人々が、いまは戦場にいる人々も、いまは貧しい地域に暮らす人々も、観光や芸術を楽しむ社会を作らなければなりません。すべての人々が、銃を担いで他国を侵略するのではなく、カメラやオペラグラスや、あるいは野球のバットやサッカーボールを持って自由に国境を越えられる世界を作らなければなりません。芸術文化観光専門職大学の夢はそこにあります。
観光の語源は、「国の光を観る」という中国の古典にあります。しかし、自家発光する物質は、地球上にほとんど存在しません。そこに光を当てるのが芸術の役割です。
この新しい大学は、芸術文化と観光を結びつける日本で初めての学びの場となりました。
人間は、見られないものを見たいと思う生き物のようです。
今から54年前、日本人は、アポロ12号が持ち帰った「月の石」を見るためだけに3時間、4時間と炎天下に並びました。当時、世界中の文物を見ることのできる万国博覧会に日本人は熱狂しました。
いま世界との距離は縮まり、情報はインターネットで瞬時に得られる時代です。
観光が、単なる「物見遊山」だった時代は終わりました。すべてのことを見られるようになってしまったからです。
それでも、私たちには、やはり見られないものがある。
それは人間の心の中です。
芸術は、その心の中の様々な喜びや怒りや屈折を、色や形や音や言葉にします。
芸術は、見慣れた風景を刷新させます。
芸術は、異なる価値観や文化背景を持った人々を繋いでいきます。
そして、そこで出来上がった舞台や音楽や美術を、観光を通じて人々とつなぐのが、「芸術文化観光」の役割です。
優れた芸術や文化を、多くの人に見てもらえるような工夫、地域の誇りとなるような仕掛け、そんなことを皆さんと一緒に考えていきたい。
冒頭、私は「新しい大学が生まれつつある」と書きました。この小さな産声を上げたばかりの大学は、いまもまだ生成の過程にあります。この但馬の地で、ともに新しい大学を作りませんか? 皆さんの挑戦をお待ちしています。
芸術文化観光専門職大学 学長 平田オリザ
平田オリザ Profile
- 1962年東京生まれ
- 劇作家・演出家・青年団主宰
- 1995年『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲賞受賞
- 2006年モンブラン国際文化賞受賞
- 2011年フランス文化通信省より芸術文化勲章シュヴァリエ受勲
- 2019年『日本文学盛衰史』で第22回鶴屋南北戯曲賞受賞